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是枝裕和監督が総合監修! 話題のオムニバス映画の舞台裏をプロデューサーが語る(ぴあ映画生活)

(公開: 2018年11月19日)




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出典元: 『十年 Ten Years Japan』

5人の新進映像作家が、自国の10年後の社会や人間の未来像を独自の目線と切り口で描く。このコンセプトの基に、香港で生まれたオムニバス映画『十年』。中国政府の介入が強まり、香港の民主化を求める“雨傘運動”が起きてさほど時間の経っていない2015年に発表された同作は、中国では国営メディアに批判され上映禁止になったものの、香港では社会現象を巻き起こす大ヒットを記録した。そして、その試みは、タイ、日本、台湾が続き、国際共同プロジェクトとして広がりを見せている。今回届けられる日本版の『十年 Ten Years Japan』は、是枝裕和監督が総合監修を担当。その経緯から各作品の魅力までを、日本版の生みの親ともいうべき存在である高松美由紀プロデューサーに訊いた。

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まずは前段階。当初、高松プロデューサーは自身が手掛けることになるとは夢にも思っていなかったそうだ。「この作品を初めて観たのは2016年のイタリア・ウディネのファー・イースト・フィルム・フェスティバルでのこと。あまりに感動して、香港版のプロデューサー陣に“この映画のコンセプトに大いに共感しました。各国に広げていったら面白いのでは?”とポロっと伝えたんです。それ以来、香港側から何度かコンタクトがあったのですが、私は「誰か適任のプロデューサーがいたら紹介する」と答えるのみ。というのも、映画業界にはいますが、映画の制作は一度もやった経験がない。現場の一部を見聞きしたことしかない自分が映画をプロデュースするなんて想像もできませんでした。ただ、香港サイドから“あなたがなぜやらないの?”と言われるにつれ、これは『十年』という映画を体験してしまった。彼らに出会ってしまった、私の務めかなと(笑)。それでやってみようと決意しました」

総合監修を是枝監督に依頼したのは当初からの願いだったという。「候補としては何人かリストアップしていましたけど、私の中では是枝監督、1本で考えていました。私自身は是枝監督とお仕事でご一緒したことはありませんでした。ただ、映画祭で、是枝監督が若いクリエイターと丁寧に向き合う姿やアドバイスをされる現場を何度か目にしていました。また、日本映画の現状や問題点などについて忌憚のない発言をされている。このプロジェクトの理念に、若手クリエイターを世界に輩出する、オリジナル作品を自由に作れる映画業界にしていく、日本映画という枠に捉われず映画製作できる環境を作っていく、というのに、最も理解を示してくれるのは勝手ながら是枝監督ではないかと。あと、これは私事なのですが、自分自身がプロデュースをしたことなく、どうやって映画が出来ていくのかをわかっていない。そういうところで是枝監督に全体を見ていただくことで、虫のいい話なんですけど、私も映画作りの多くのことを学べればなと(笑)」

実際、是枝監督の参加は大きな力になった。「是枝監督にはほんとうにいろいろなところでご助力いただきました。実際、脚本へのコメントや、仮編集でのアドバイスなど、どれも的確で。私の中では目からうろこなことばかりでした。是枝監督が参加してくださっていなかったら、ここまで形になっていないだろうと。是枝監督がタイミングが合わないとかなっていたら、あと2~3年かかっていたかもしれない。是枝監督が承諾してくださったことで、こちらもお尻に火がついたというか。“お金なかったけど、とりあえず形にだけはしました”みたいなことで終わらせてはならない覚悟が生まれました」

国内外で活躍している日本の監督たちに声をかけ、集まったプロットは30以上。このプロジェクトの噂をききつけて志願して応募してきた監督もいれば、是枝監督にプロットを見てもらえるならばダメもとで出したいという人もいれば逆に尻込みした監督もいたという。その是枝監督とプロデューサー陣による最終審査は、クオリティ、オリジナリティ、将来性を重視して選出。早川千絵、木下雄介、津野愛、藤村明世、石川慶という監督たちが選ばれた。この5人の監督の5作品を含め、プロットの内容に傾向はあったのだろうか?「当初、私自身は原発問題や震災に関することが多くなるのかなと予想していました。でも、実際はほとんどありませんでした。多かったのは、高齢化と老人について。若い人たちの中で、これだけ高齢化社会の問題がシビアに響いていることにはびっくりしました。しかも、ほとんどがあまり明るい未来を描いていない。このことを香港版のプロデューサーに伝えたら、すごくびっくりしていました。“日本はこんなに豊かで、何不自由ない暮らしをしている。僕らのように中国に睨まれているわけでもないのに、なにをそんなに悲観的になっているんだ”と。私自身も、ほとんどの作り手が、よりよい社会になっているとは考えられないと思うと、ちょっとショックでしたね。ただ、のちのちこうも思いました。みなさん、けっこう冷静に考えていたんだなと。というのも、いま10年後の日本を描くというのは、2020年の東京オリンピックが終わってだいたい7年後を想像することなんですね。おそらくオリンピックの喧噪が終わった後、日本ってどうなっているんだろうというところで語らなければならなかった。そう考えると、やはり浮かれてばかりはいられない。そういう空気をきちんと冷静に察知しているんだなと思いました」

ここからは1作ごとに高松プロデューサーに振り返ってもらおう。オムニバス作品の幕開けとなる『PLAN75』は、『ナイアガラ』が2014年のカンヌ国際映画祭のシネフォンダシヲン部門に入選し、ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを獲得した早川千絵監督の1作。深刻な高齢化問題を解消するため、75歳以上の高齢者に安楽死を奨励する国の制度“PLAN75”が実施された社会を背景に、推奨する立場にたった公務員の男と、認知症の母を抱えるその妻の葛藤を描く。相模原障害者施設殺傷事件以降、ますます強まっている感さえある弱者への無理解、マイノリティへの偏見と差別に対するメッセージがどこか含まれている。「先ほど触れたように、今回は高齢化社会の問題を描いプロットが多かった。そういう意味で、早川監督のこの作品は、その激しい競争を勝ち抜いた企画といっていいかもしれません。もともとは早川監督が“長編で”と温めていた企画。なので、ものすごく分厚いプロットで提出され、実際に壮大なストーリーでした。それを短編にするために、削ぎ落せるだけ削ぎ落してこの形になった。ずっと長編で撮ろうとしていたものを、あえて短くして短編にするというのは大きな決断ですよね。その作品へ対する情熱と覚悟が伝わってくる。実際、早川監督はこの作品を撮っているときは会社に所属していたんですけど、終わったとき、辞められた。監督として生きていくと決めたんだと思います。その決意表明の1作といっていいかもしれません」

続く『いたずら同盟』は、初の長編監督作『水の花』がベルリン国際映画祭に選出されたこともある木下雄介監督の作品。AIによる道徳教育に管理された国家戦略特区の小学校に通う子どもたちの小さな反抗を描く。その物語は、簡単・便利が最優先される社会に警報を発する一方で、何者にも犯すことのできない子どもの自由な精神を伝える。「木下監督も早川監督と同様にものすごく分厚い企画書を提出してくださった。そこには、ドイツの教育システムやAIの現在の状況とかをリサーチした資料が入っていて、この企画に対する並々ならぬ意気込みを感じました。おそらく木下監督が今感じていること。これまで感じてきたこと。それが詰まっている。そういう意味で、この作品は木下監督自身が出ていると思います。木下監督にとって、自分という人間と向き合う作品になったのでは。あと、現場での彼の信念には驚かされました。その揺るぎのない信念で現場のスタッフを束ねていたし、キャストもひっぱっていた。その人間性で周囲を説得して予算をどうにか調整して、すごいカットを成立させたりしていた。これは監督の資質として重要なんだろうなと思いました」

次の『DATA』は、是枝監督と西川美和監督が立ち上げた制作者グループ「分福」に所属する津野愛監督の作品。再婚を考える父を前に、亡き母の生前のデータが入った「デジタル遺産」を入手した娘が、実母の過去をたどる中で思わぬ事実を知り、戸惑う姿を見つめる。近未来というと、より近代化、高度な技術革命が当たり前になった社会を想像しがちだ。ただ、そうではない。人間の根本にあるものは変わらないとでも言っているような津野監督の社会と人間に対する鋭い視線が際立つ。「津野監督はほんとうに今回のような作品への参加は初めてのこと。『三度目の殺人』のメイキングなどを経て、今回、映画を作ることになった。実は、当初、私はこの津野監督の脚本は『十年』にふさわしくないのではないかと思ったんです。これ10年後ではなく、いままさに現実の社会ではないかと。それで何度かお話ししたんですけど、監督は自信をもって常にこう言っていました。“10年経っても、変わらないものは変わらない”と。その意味がのちのちじわじわとわかってきました。10年というスパンを一番、冷静に見ている作品といっていいかもしれません。もしかしたら拍子抜けする人がいるかもしれない。でも、これは津野監督から現代を生きる人びとへの大いなる挑戦状だなと思っています」

続いての『その空気は見えない』は、これまで発表した作品が国内外の映画祭で高い評価を得ている藤村明世監督の作品。原発事故の放射能による大気汚染で地下生活を余儀なくされた世界で生きる子どもたちの姿が描かれる。ただ、原発問題に言及しながらも、子どもたちの好奇心や可能性を奪ってしまう身勝手な大人や社会といった現代への痛烈な批判も感じられる1作だ。「藤村監督は、すばらしい映像センスの持ち主。この作品は彼女の映像作家としての才能が随所にあふれていると思います。あと、これは個人的な感想になってしまいますけど、母親役で登場する池脇千鶴さんの演技に圧倒されました。この母役を池脇さんでというのは、藤村監督のたっての希望。キャスティングの勝利といってしまえばそれまでなんですけど、この藤村監督の配役の目の確かさも見逃せない才能だと思います」

最後の一編は、デビュー作『愚行録』が国内外で評価された石川慶監督の『美しい国』。「徴兵制」をテーマに、戦争が完全に風化した日本社会に忍び寄る恐怖と、その時に起こるかもしれない懸念を描く。主人公となる、徴兵制のキャンペーンのポスターを担当する広告代理店の若手社員と、ポスターデザインを手掛ける初老の女性デザイナーとのやりとりは、「表現の自由」に対する危惧も見え隠れする。「石川監督はもう自分のスタイルが確立されている。まずは、キャストの太賀さんと木野花さんのかけあいがすばらしい。物語としては当初の台本はかなり現在のものとは違いました。当初は、画家が、戦争画家になる過程を描いたものでした。それが広告、プロパガンダ、表現者といったことが結びついて、今の形になった。ここには反戦だけではなく、オリジナル作品がなかなか成立しない日本映画界や、クリエイターとしての葛藤も入っている気がします」

最後に1番苦労した点を聞くと「やはり資金集めですかね。私の中では、この5本は日本社会にきちんと向き合った作品で、ことさら権力者を中傷したり、必要以上に政治を批判したりといった過激な映画だとはまったく思っていない。ただ、こうした社会的、政治的なことをストレートに描かれると、ちょっと上の同意をとりずらいと言われ、いくつもの会社から断られました。今の日本映画界で社会に目を向けた作品が少ない理由が少しわかった気がします」とのこと。

こうした苦労を経て、いよいよ公開を迎える。ただし、この公開は到達点ではないそうだ。「この『十年』のプロジェクトにおいて、今回の公開は全体の2割から3割の到達点といったところでしょうか。実は、この作品の配給期間は10年と考えているんです。10年後に、再び監督をはじめスタッフ、関係者が集まって作品を観る。観客のみなさんにも観ていただく。そして、この10年を振り返ってみる。各作品が10年後はどんな意味をもっているのか?各監督たちは10年後にどんな道を歩んでいるのか?など、10年を振り返ってみる。それが到達点であり最終目標で。そのとき、すべてが完遂すると思っています」

『十年 Ten Years Japan』
公開中

取材・文:水上賢治