音楽、ゲーム情報
*

ロシア国立交響楽団~シンフォニック・カペレ 本場のオケによるオール・チャイコフスキーを堪能!(ぴあ)

(公開: 2019年07月13日)




[ 元の記事 ]
出典元: ヴァレリー・ポリャンスキー(指揮)

“赤いカラヤン”の異名を持つロシアの指揮者、ヴァレリー・ポリャンスキー率いるロシア国立交響楽団が来日する。名匠ロジェストヴェンスキー亡き後のロシア音楽会を背負って立つポリャンスキーの実力は、前回2015年の来日公演で実証済み。得意とするチャイコフスキーの交響曲における強烈な印象は今もファンの間で語り草となっている。

その他の画像

そして今回も、まさしくそのチャイコフスキーを引っさげての来日となればこれは気になる。交響曲(4,5,6番)や『スラブ行進曲』のほか、YouTubeでの再生回数2,000万回という驚異的な数字を誇るアンナ・フェドロヴァ(ピアノ)をソリストに迎えた『ピアノ協奏曲第1番』など、本家本元のチャイコフスキーを味わう絶好のチャンス到来! 夏の暑さを吹き飛ばす、熱いステージを堪能したい。

そして、来日直前に飛び込んできたのが、今回の来日メンバーの金管奏者が、先日モスクワで開催された“チャイコフスキー国際コンクール”で準優勝を果たしたというビッグニュース。まさに期待は高まるばかりだ。

■ヴァレリー・ポリャンスキー(指揮)
1949年モスクワ生まれ。モスクワ音楽院にて、合唱音楽の権威ボリス・クリコフに師事して在学中から指揮活動を開始する。1975年自ら結成したロシア国立室内合唱団を率い、グィド・ダレッツォ国際合唱コンクールでロシアの団体としては初の優勝を飾り、特別賞、最優秀指揮者賞も受賞。以来、“合唱のカラヤン”、“赤いカラヤン”等の異名で呼ばれる。一方、モスクワ・オペレッタ劇場の指揮者を務める傍ら、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーに指揮法を学び、ボリショイ劇場等で多くのオペラ・プロダクションを手がけた。1992年ロジェストヴェンスキーの要請で旧ソビエト国立文化省交響楽団を改称したロシア国立交響楽団の音楽監督に就任、世界各国で招聘され、いずれのツアーも大成功を博す。幾重にも練り上げられたピアニッシモを駆使する独自の手法から、ロシアきっての鬼才指揮者と評される。1996年ロシア人民芸術家叙位、2002年よりエーテボリ音楽祭首席指揮者。モスクワ音楽院教授、ラフマニノフ国際ピアノ・コンクール総裁を務める。

■アンナ・フェドロヴァ(ピアノ)
1990年キエフ生まれ。5歳からピアノを始め、ルイセンコ記念キエフ音楽学校でボリス・フェドロフに師事。続いてロンドンの王立音楽院とイタリアのイモラ国際音楽アカデミーに進学してノーマ・フィッシャー、レオニード・マルガリウスに学んだ。2009年ルービンシュタイン記念国際ピアノ・コンクール第1位をはじめ15個の受賞歴を持ち、マルタ・アルゲリッチから絶賛されるなど 天才女流ピアニストとして世界中の著名ホールへ登場。特にアムステルダムのコンセルトヘボウには既に20回以上出演している。2014年ヤープ・ヴァン・ズヴェーテン指揮ダラス交響楽団と共演して本格的なアメリカ合衆国協奏曲デビューを飾ったほか、欧米の著名オーケストラと共演を行っている。現在、2,000万回を超えるYouTubeのアクセス数が欧米で話題となっており、豊潤かつ力強い演奏に音楽界の期待も大きい。2016年、準・メルクル指揮香港フィルハーモニー管弦楽団、オラリー・エルツ指揮読売日本交響楽団とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を共演。世界各地の音楽祭にも定期的に招聘され、2017年には福島県の東日本大震災復興支援公演へ出演した。オランダ在住。

■ロシア国立交響楽団
1957年に旧ソ連の巨匠サムイル・サモスードが設立した全ソヴィエト放送オペラ交響楽団を前身とする。71年よりマクシム・ショスタコーヴィチが音楽監督に就任し、アメリカに亡命する81年までに父ドミトリーの多くの作品を発表した。のちにロジェストヴェンスキーを音楽監督に迎え、ソヴィエト国立文化省交響楽団と改称。さらに91年にソヴィエト連邦国立室内合唱団と合併して現名称となる。この際合唱指揮の重鎮ヴァレリー・ポリャンスキーが音楽監督に就任し、ヴェルディの『レクイエム』やドヴォルザーク『テ・デウム』、ラフマニノフ『鐘』など大作を次々と演奏しオーケストラのレパートリーを飛躍的に拡充させ、“ロシアで最も優れた交響楽団”と評されるようになった。その名声により、旧ソ連内をはじめアメリカ、イギリス、スイス、ドイツ、イタリア等欧米各国に定期的に招聘されて絶賛を博している。ロジェストヴェンスキーによるチャイコフスキー交響曲全集、ポリャンスキーによるラフマ二ノフの交響曲全集など多くの録音をリリース。